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週末
2009年 01月 10日 (土) 17:31
終わったー。

仕事始めの最初の週が終わりました。
満員でぱつぱつ…とまではいかないまでも、たくさんのご予約をいただき、おからだを見させていただきました。
幸先がよいような気がして、なんとなく心強いスタート。

明日あさっては、もう20年近くになる付き合いの友達が、わざわざ青春18きっぷを使って東京から泊まりにやってくるので、おやすみをいただきます。よくまあ何時間も鈍行に…鈍行って冷えるのでちょっと心配。
お伊勢さんと熱田さんに行こうかと思っていますが、寒そうだなあー。



治るとは、治癒とはなにか。
お医者さんでよく使われるこの言葉は、医療分野では 『検査データ・目で見て病名に当てはまらない状態』 ということになるのかな。
こういう仕事をしていると、いつも頭のすみのどこかにあり、折にふれて考えこんでしまう問いです。

個人的には 『からだのすべての器官が、100%正常にはたらくことができている状態』 …
厳密には細胞すべて、果ては分子原子素粒子レベルで正常な化学反応が行われている状態
…かなあ。
細胞だけで約60兆、素粒子なんて言ったらもうワケの分からない数です。気が遠くなりますよね。

でもこれは、時間の概念を除いたうえでのお話。
ここに時間軸というあたらしい次元が加わると、また話は変わってきます。
だって、さっき正常だったものが1秒後にはどうなっているかなんて、誰にも分からないのですから。
しかも、そもそもこれらの理論は人間が作ったもの。その先に更なる事実があるのかどうかなんて、誰にも分からない。

そう考えると、治癒ってあいまいな言葉だなあと思うのです。


昨年も、ことあるごとに考えさせられ、悩み迷う言葉でした。
治る、ということについて、自分はどういう立ち位置を取るべきなのか…

けれど結局…たとえば重病を患い余命いくばくもなくなったときに、入院治療にて少しでも余命を延ばす、したいように過ごして残りの人生を全うする、どんな選択をするにせよ、正しいもまちがいもない。
どう生きるか、それは本人と家族が決めること。
だとすれば 『治る』 ということは、最終的には個人それぞれの感じかたひとつにゆだねられるものなのかな、と。
であれば、わたしがクライアントさんにできることは、みなさんの人生の時間の中からおあずかりする1時間ちょっとを快いものにし、からだの悩みをとりのぞくこと。

『治る』 ために今わたしができることは爪の垢ほどにも満たないけれど、人生の一部をおあずかりし、その先の人生も、からだにまつわるわずらわしさを少しでも軽減するとなれば、おのずとわたしのやるべきことは決まってくる。


そう思ってスタートした今年は、迷うことなくこの仕事と向き合えているような気がします。


まぁ、またぐるぐるする日は来るのですけれどねー。
お会いすることのできるクライアントさんとのご縁を大切に、今年もひとつひとつやっていこうと思います。

なお、1月の平日17時半以降・土日祝は今のところ予約満了、キャンセル待ちのみとなります。
ひとりでやらせていただいていますし、おあずかりする時間を大切にしたいので、ハイ次ハイ次…というふうにはしたくなく、おのずと見させていただくことのできる人数が限られてしまう…とはいえ、なんとかならないものか? と毎日ぶつかるジレンマでもあります。
申しわけありません。
平日の昼間は空いていますので、お気軽にお声かけくださいね。

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