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もの思う
2008年 11月 06日 (木) 14:02
まだ夏なのかもう秋なのかさっぱり分からない気候が、毎日めまぐるしく変わっていた日々がずいぶんあり、やっと先週くらいから、ああほんとうに秋なんだ、このあとには冬が来るんだ…と思える気候になってきましたね。


秋は、もの思う季節なのでしょうか。
このところの整体仲間のブログを読むと、みんなもおなじことを考えているんだなあ…と思う。

ひとのからだやこころをとおして、ひいては生命や宇宙のことなど、とりとめなく考えていると
クライアントさんと向かい合うときに、どうことばにしたものか、どこまで現していいものか、
伝えるべきなのかどうか、どんどんそういうものが増えてくる。

整体師はひとのからだを見るのが仕事ですが、それは同時に自分を見る作業でもあります。
時や経験が重なるにつれ、ひとのからだについて、だんだん見えるものが増えてくると
おなじように、自分のこともだんだん見えてくる。
忘れていた過去の記憶にもとづく問題すら、呼び起こされることがある。

なにかをするということは、なんでもそうですが、修練・経験をかさねるほどに課題は増えていく。
それだけ、見える範囲が広がるからです。

ひとりになるとふっと、以前は見えなかった今は見えることや、自分のからだやこころのことがどんどん感じられ、同じ分だけ自分の未熟さと課題が浮き彫りになり、それでいてひとさまのからだを見させていただくという立場に、なんと畏れ多くおこがましいことか…と立ち止まって考え見なおす、そんな毎日。
あ、施術中に技術・方針に迷うとか、そういうことはもちろんないのですよ。
だってお医者さんなどで想像してみれば当然です、治療方針に確固たる決断がない医者に診てもらうなんて、おっかなくてイヤだもの。

次々にあふれてくるものを見つめながら、ときには表れるものにとまどい苦しみながら
そのなかで、クライアントさんおひとりおひとりと向き合い、過ごしてゆく。
それがこの仕事の醍醐味で、また人生であるのだと思います。



先日ご紹介した本 『漫画はり入門』 に、こんな台詞がありました。
「治療家は(健康面において)患者の手本にならなければ、というのは驕りや」

どこか、気もちにすっと喝を入れられ、一本筋が通ったような気がしました。


ブログにもうまく書けず、書いていいものかも分からずに、ずっといました。
一生、考え続け、自分と相手と向き合う仕事なのだと思っています。
どんな仕事でもそうですけれどね。

Comment
手本にしてもらっちゃ大変かも
自分なんかを手本にしたら大変かもしれないですね。
変わり者になっていきます。きっと。
コンタクト(接する)ということが、キーワードかもしれませんね。
2008/ 11/ 08 (土) 20: 02: 53 | URL | 侑基 # -[ 編集 ]
会話だと思っています。
口から発せられることばではなく、見える(感じられる)ものすべてから発せられる伝わるものと、自分のそれとの会話。
ひととひとであるかぎり、なんでもおなじなんだなあ、と思います。
2008/ 11/ 09 (日) 17: 41: 45 | URL | おおの # eBE9POhY[ 編集 ]
会話ですね。
会話、すてきな表現ですね。
しかもかなり奥の深いことば。
2008/ 11/ 09 (日) 19: 24: 39 | URL | 侑基 # -[ 編集 ]
ふ…ふかく考えて使っているわけではないので、奥が深いといわれると考え込んでしまいますね~(^^;
厳密には会話でなく対話なのかもしれないなあ。日本語を見直さなくては。
2008/ 11/ 10 (月) 21: 21: 50 | URL | おおの # eBE9POhY[ 編集 ]
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