カラダがもうだめこれ以上少しも余裕がないほんとに限界SOS!
(でも患者さん自身はそこまでは思ってない) という状態の方が多い。
望んでがんじがらめの忙しさに身を置いているならいいけれど、
望むと望まざるにかかわらず、そういう状況に置かれることだってあるわけで。
家族をやしなうために、早朝から夜中まで休日も返上ではたらくひと。
小さな子供を何人も抱え、旦那さんはずーっとお仕事、いざというときに
近くに頼れるひとのいないお母さん。
自宅介護でつきっきり、合間に家事やパートもこなすひと。
そんなひとたちに、ここの症状がひどいからなんとかした方がいいよ、
このままじゃ治らないよ、と言うのはカンタンだけど
それは整体師の仕事…いや、わたしのしたいことじゃないと思う。
健康=しあわせとか生きがいなのか っていうと、かならずしもそうじゃない。
イコールなら、生まれつき持病や障害を持った方や、不治の病にかかったひとは
しあわせじゃないってことになる。もちろんそんなわけはなく。
だから施術のあと、ほっとやわらかい笑みをほころばせる患者さんを見るたびに思う。
あなたはどうしたいですか?
カラダだけをどうしたいか、ってことだけじゃなく。
あなたはどう生きたいですか?
どんなキモチでいたいですか?
なにをやりたいですか?
明日はどう過ごしたいですか?
将来はどんなふうに過ごしていたいですか?
ありたい自分のために。なりたいなにかのために。
そのための手段となりうるなら、使ってほしいと思う。
カラダ治したり整えたりするのが仕事でしょ、生意気なこと言うな
と言われるかもしれないけれど。
たのしい、満足する人生をおくってほしい、と思うのです。
そのためのツールでありたいと思う。
