2009年
09月
05日
(土)
19:28
たまにはまじめに仕事のことをと思うのですが、そうすると途端に手が止まってしまいます。
思い浮かんだり考えたりすることを、ことばにするときの心もとなさといったら。
真剣に仕事をしています!と書くとすれば、それは当たりまえのことなのですから、恥ずかしくみっともないと思ってしまうし。
でも、あれだけ「触っているだけなのに…なんか説明もあいまいだし…」だと、やっぱりこれは氣とかスピリチュアルなの? …だと思うのですよね、クライアントさんの側からは。
氣でもスピリチュアルでもないですが、たしかに触れているだけです。
けれど、触れるだけ…ということのなんと奥深いことか。
そして、ともすれば余計なことを付け加えようとする自分の御し難さ。
すうと寄り添い、動きがひとつになったとき、みずみずしく動きはじめるクライアントさんのおからだ。
うまく寄り添えないことも、相性もあり、すべての方に望む結果を提供できないこともあります。
至らなさに自分を省みるも、やっぱり100%パーフェクトは無理で、それでも限りなく100%に近づけようともがくことが精一杯できること。
よく説明もくぐもってしまうのですが、人間のからだは結局、細胞ひとつとっても圧力と張力と重さと動きと流れがあって、それを妨げられれば不調が生まれる…とお話しようと思うと、かえって分かりにくくなってしまうのですよね。
うーん…結局、全力で施術させていただいています、というみっともない日記になっているような(苦笑)
たまには何か書こうと思うたび、ブログの前で悩むことになる、いっつもそのくりかえし。
思い浮かんだり考えたりすることを、ことばにするときの心もとなさといったら。
真剣に仕事をしています!と書くとすれば、それは当たりまえのことなのですから、恥ずかしくみっともないと思ってしまうし。
でも、あれだけ「触っているだけなのに…なんか説明もあいまいだし…」だと、やっぱりこれは氣とかスピリチュアルなの? …だと思うのですよね、クライアントさんの側からは。
氣でもスピリチュアルでもないですが、たしかに触れているだけです。
けれど、触れるだけ…ということのなんと奥深いことか。
そして、ともすれば余計なことを付け加えようとする自分の御し難さ。
すうと寄り添い、動きがひとつになったとき、みずみずしく動きはじめるクライアントさんのおからだ。
うまく寄り添えないことも、相性もあり、すべての方に望む結果を提供できないこともあります。
至らなさに自分を省みるも、やっぱり100%パーフェクトは無理で、それでも限りなく100%に近づけようともがくことが精一杯できること。
よく説明もくぐもってしまうのですが、人間のからだは結局、細胞ひとつとっても圧力と張力と重さと動きと流れがあって、それを妨げられれば不調が生まれる…とお話しようと思うと、かえって分かりにくくなってしまうのですよね。
うーん…結局、全力で施術させていただいています、というみっともない日記になっているような(苦笑)
たまには何か書こうと思うたび、ブログの前で悩むことになる、いっつもそのくりかえし。
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